二本杉峠にある東山(とうやま)本店は、食堂を営むかたわら、地元素材や山菜を使った加工品を作られています。どんな場所で、どんな思いを込めて作られているのか。東山孝敏さん、トシ子さんご夫婦を訪ねました。
ゆずと山椒と山菜と 峠から届く五家荘の味
熊本市内から車で1時間半。
曲がりくねった緑のトンネルを20分ほど登ると、標高1,100mの二本杉峠へ到着。
この峠のてっぺんにあるのが、「東山(とうやま)本店」です。
二本杉峠は、五家荘地域への「入口」であり、美里町(砥用)、熊本方面へ向かう「出口」でもあります。
峠からは、カタクリやシャクナゲで知られる雁俣山(1,315m)への登山道が続き、国道445号線沿いを少し下れば梅の木轟(とどろ)の吊り橋。
その先の葉木集落から曲がれば、五家荘平家の里や樅木吊橋、五家荘キャンプ場のある樅木谷へ。
周辺には、県内最高峰の国見山、京丈山、福寿草の上福根山など、トレッキングや縦走に人気の峰々もそびえています。
車やバイクで遊びに来た観光客、通りがけに立ち寄る地元の方、トレッキングを楽しむ登山客…東山本店には、毎日さまざまな方が立ち寄ります。
「暑かですね、冷たいお茶はいかがですか」。
”峠の茶屋”に立ち寄る方に、明るい笑顔でお茶を勧めるのは、東山トシエさん。道を尋ねられると観光マップを手に、道路状況や周辺の立ち寄り情報、所要時間などを案内します。
ここは、菅原道真公の子孫が左座(ぞうざ)姓を名乗り住み着いたとの伝説が残る「仁田尾(にたお)」地区。風に揺れる東山本店の赤いのれんには、梅の紋が染め抜かれています。
東山孝敏さんがお店を開いたのは、今から45年ほど前のこと。
先代の父はこの峠で民宿を営んでいたとのことで、第二次世界大変末期、五家荘が皇室が隠れ住む候補地の1つだったことを示す調査団の宿帳おm残っていたそうです。
孝敏さんは五家荘で生まれ育ち、高校卒業後は福岡の大学へ進学。父に約束した「卒業したら五家荘に帰る」との言葉通り、20代半ばでふるさとへ戻って家業を継ぐと、そばやヤマメを提供する飲食店を開業。同時に、柚子胡椒など地元の素材を活かした加工品づくりと、ヤマメの養殖を始めました。
冬場は雪に閉ざされる日もある二本杉峠。
「ばってん、夏場は”下”より断然涼しかし、過ごしやすか。峠を降りればすぐに町で、みなさんが思うよりここは意外に住みやすかとですよ」。
ヤマメを焼くうちわを片手に、孝敏さんが話します。
標高1100m近い、川辺川の源流に当たる渓流を引き込んだ池で育てるヤマメは、東山本店の名物の1つ。遠火の炭火でじっくり時間をかけて焼いたヤマメは、外は香ばしく身はふっくら。シンプルな塩気が、淡白なおいしさを引き立てます。
東山本店で提供する食事メニューでも、一番人気なのはやはりヤマメ。
大きなヤマメの開きを丸ごと揚げた「ヤマメの天丼」「ヤマメ天そば」、シンプルな炭火焼きの「ヤマメの串焼き定食」、炭火で炙ったヤマメを骨まで柔らかく炊いた「ヤマメの姿煮定食」は、遠くからこの味を求めて訪れるお客さんもいるほど。地鶏そばやうどんも評判です。
食事処と同時に始めた加工品づくりは、現在20種類ほど。
地元産の柚子や山菜、山椒やヤマメを原料に、東山さん夫婦が少量ずつ手作りしています。
地元産柚子と唐辛子をやや粗めに刻み、塩を加えた「柚子胡椒」は、根強いファンに支えられたロングセラー商品です。
ふきのとうやヤマメ塩焼きを味噌で炊いた味噌、柚子や山椒を加えたもろみ味噌は、ご飯の友や酒のアテとしても人気の味。
10年ほど前に開発した「山椒オリーブ」は、新鮮な山椒の実をすりつぶしてオリーブオイルを加えたオリジナル調味料で、和食だけでなくパンや洋食にも合う”しびれる”おいしさと、若い世代を中心に人気が高まっています。
五家荘の味を届けたいと、孝敏さんは熊本市内外での催事へも時々出店し、対面販売をしています。
定番の加工品のほかに、カラリと骨まで柔らかいヤマメ天、大ぶりに切ったサツマイモの天ぷら、蓮根に柚子胡椒味の味噌を詰めた、辛子蓮根ならぬ「柚子こしょう蓮根」、大鍋でじっくり炊いたヤマメ甘露煮、ヤマメ南蛮漬けなど、対面販売でしか出会えない東山本店の味を求め、お客さんがひっきりなしに訪れます。
「大事にしたいのは、地元産の素材を使って、手作りの『本物』の味を届けること。」と東山さん。
夫婦二人三脚でこの地に暮らしながら続けてきた、ふるさとの素材を活かした商品づくりは、気づけばやがて半世紀。
遠くから足を運んで下さるお客さんに感謝を込めて、これから出会う新しいお客さんにおいしく楽しんでいただけるようにと、今日も峠のてっぺんから「ふるさと五家荘」を発信続けています。