道の駅秘境の郷いずみを運営する(株)いずみには、設立当初から25年以上続く農産加工部門があります。
「泉らしい特産品づくりを」と始まったモノづくりは、人気の「隠れ里」シリーズを中心に20種近くに拡がり、今なお新たな挑戦を続けています。

隠れ里のゆずから始まる物語

 緑に抱かれるように、せせらぎのそばに佇む建物。山の稜線に溶け込むような、ゆるやかにカーブを描く屋根と杉板の壁のそばを、木立と川からの涼しい風が通り過ぎます。
 ここは、(株)いずみの農産加工部門「いずみ農林産物流通加工所」。泉町産柚子を使った柚子こしょうや柚子ポン酢など、山のくらしの中の味や手仕事をベースにした農産加工が日々行われています。

 「加工所を立ち上げた初代を継ぎ、2代目工場長として入社したのが2011年。それ以来、主力商品を中心に、少しずつ商品バリエーションを増やしてきました」。

 にこやかな表情と穏やかな口調が印象的な、河野剛さん。工場長を14年務めたのち、2025年春から加工所所長を務めています。泉町生まれで、県内で企業や農業での仕事を経験したのちに、Uターン。「ふるさとで、地域に関わる仕事ができたら」との思いで応募したのが、今の加工所の求人でした。

 異業種から農産加工の世界に飛び込み、最初に驚いたのが、素材の旬に合わせた作業の忙しさと、担当業務の多様さ。入社したのは、ちょうど青柚子の皮むき最盛期。鮮度の良いうちに、手早く1年分の素材を下処理しなければなりません。当時は機械もなく、すべて手作業で皮をむいていたそうです。
 現場責任者といえども、小さな事業所なので仕事は幅広い分野に及びます。繁忙期の加工作業はもちろん、機械や設備のメンテナンス、発送や納品、電話応対、労務管理、経理補助、営業に打合せまで、あらゆる仕事をマルチにこなしながら、味と品質を受け継いできました。

 加工所の1年は、素材の旬に合わせて集中する一次加工作業と、通年で製造する商品づくりとを同時に行います。最も忙しいのが、主力の青柚子こしょうの原料となる青柚子の皮の加工。9月半ばから10月半ば頃にかけて、爽やかな柚子皮の香りに包まれた中で、手作業と機械を併用して黙々と皮むき作業に追われます。
 「こしょう(胡椒)」とは九州山間地での唐辛子の古い呼び名です。青や赤の柚子こしょうは、地元でも古くから食べられてきた味で、各家庭それぞれのレシピと味があります。爽やかな香りとピリッとした辛みは、汁物やそば、鍋物には欠かせません。
 柚子ごしょうには、柚子の皮の一番外側の、油胞と呼ばれる風味の強い部分だけを使用するのですが、「地元の70~80代女性の仕事の速さと正確さには、機械でもかないません。皮むき器を導入しましたが、今でも毎年5人ほどのベテランばあちゃんたちが手伝ってくれて、とても助かっています」と河野さん。

 最も多く加工する青柚子皮だけでなく、7月末~9月半ばまでは青唐辛子、7月末~8月頃まではジャンボにんにく、8月末からは11月末頃までは赤唐辛子、10月末~11月半ばまでは黄柚子の皮むきと搾汁と、初夏から冬の始めまで、素材の旬に合わせた加工作業が続きます。
 柚子こしょうは、柚子皮・唐辛子・塩を原材料に作ります。地元に古くから伝わる、添加物を使わない保存性の高い調味料で、「青」の柚子こしょうは、初夏の青唐辛子と、晩秋の青柚子皮を原料に。「赤」の柚子こしょうは、夏の終わりから秋にかけて熟す赤唐辛子と、秋の終わりの黄色い柚子皮を使って製造します。めずらしい「黄色」の柚子こしょうは、「もっと辛いものを」とのリクエストに応えて、特に辛みの強い黄金唐辛子と、黄色の柚子皮を素材に作っています。

 (株)いずみの柚子こしょうは、地元に伝わる昔ながらのレシピを元に、より幅広く料理に使いやすいよう、なめらかなペースト状に練り上げているのが特徴です。
 「隠れ里の柚子こしょう」の人気に火が付いたのは、2008年に「VJC(ビジット・ジャパン・キャンペーン)魅力ある日本のおみやげコンテスト」地域賞で、フランス賞を受賞がきっかけです。フランス人審査員も認めた味として、何よりうれしい受賞の知らせでした。
 折しも、九州発の“ご当地調味料”だった柚子こしょうが、その美味しさから全国区で知られるようになった時期。「隠れ里の柚子こしょう」も、その味わいの良さから、全国各地のデパート催事で人気を呼ぶようになりました。現在は、デパート催事、銀座熊本館(東京)や博多阪急(福岡)、熊本空港や県下の物産館で常時販売しているほか、多くの個人のお客様からもリピートいただいている、自慢の看板商品です。

 河野さんが加工においてこだわっているのが、「できる限り地元の原料を使って、安心安全な商品を作ること」です。
 柚子こしょうや柚子ポン酢などで使う柚子は、100%泉町産。柚子は、泉町ではお茶に次いで多く生産されている農産物で、年間40トンほどがJAに出荷されているそう。加工所では、青柚子・黄柚子を合わせて、5トンほど加工しています。
 唐辛子も泉町を含む八代市産で、にんにく唐辛子に使うジャンボにんにくは県内の阿蘇で栽培されたもの。赤酒ゆずポン酢には、県内の老舗酒蔵「千代の園」(山鹿市)の赤酒、老舗味噌醤油蔵の「松合食品」(宇城市)の丸大豆醤油と、なるべく地元の生産者やメーカーと提携して商品を作っています。

 主力商品の「隠れ里」シリーズに加えて、2010年前後からは、新たに「にんにく唐辛子」や「液体ゆずこしょう ゆずすぱ」、「柚子こしょう醤油」や「赤酒ゆずポン酢」など、柚子や唐辛子をベースにしたさまざまな商品が生まれています。いずれも、加工所や社内で試食を重ね、味やパッケージにこだわって開発した、スタッフが自信を持っておすすめする商品たち。
 食卓のさまざまなシーンで活躍する「本物」の調味料や薬味は、少しずつファンとリピーターを増やしてきました。

 加工所は年中稼働します。下処理を終えた原材料を冷蔵や冷凍で保存し、注文に合わせて定期的に瓶詰め、ラベル貼り、検品と人の手を経て出荷されますが、河野さんは「一番難しいのは、人手の配分」と話します。
 柚子や唐辛子の旬に合わせ、前日収穫したものを新鮮なうちに加工するために、特に7月以降は慌ただしくなります。
 近年取り組んでいるのが、繁忙期以外の少し余裕のある時期に仕込む、新たな商品開発です。たけのこなど、柚子や唐辛子と旬が重ならない素材の加工品づくりを始めています。

 商品の品質とお客様からの信頼を大切に守りながら、スタッフとともに加工所を切り盛りする河野さん。几帳面で誠実な人柄はスタッフや地域の人からの信頼も厚く、「今後は新たな商品開発やインターネット販売にも力を入れていきたい」と意気込みを語ります。

 地域の素材に真摯に向き合い、人の手と自然の力を借りて生み出される数々の商品たち。小さな瓶に込められたふるさとへの思いと未来への挑戦は、これからも続いていきます。